科学の鉄人2009

子どもゆめ基金(独立行政法人国立オリンピック記念青少年総合センター)助成活動

「科学の鉄人」とは

 料理人が腕前を競いあうテレビ番組「料理の鉄人」と同じように、科学実験ショーを参加した子どもたちや大人がその場でショーを評価し、勝ち負けを決めていく過酷なトーナメントが「科学の鉄人」です。
 「料理の鉄人」は「アイアン・シェフ」という題名で米国でも放映され、これに注目したサンフランシスコの科学館エクスプロラトリウムが、「アイアン・サイエンス・ティーチャー」として実験ショーを競い合うイベントを発案しました。残念ながら、本家のエクスプロラトリウムでは、いまでは実施されていませんが、日本では2002 年にこのイベントが始まり、今回の開催で7 回目となります。
 「科学の鉄人」は、小学生や中学生を対象とする20 〜30 分程度のサイエンスショーです。そのショーの中で、いかに子どもを惹きつけ科学の原理を理解させるかという技量を競いあいます。サイエンスショーのやり方として、一般にはブース形式とステージ形式があります。第2 回は両部門、第3 回はブース部門のみで実施しましたが、第1 回および第4 回以降はステージ部門を実施してきました。そして、会場を訪れた子ども審査員および大人審査員の投票によってその年の「科学の鉄人」が選ばれます。

■活動のねらい:

 科学教育に関する指導技術についての提示と研究協議

■概 要:

「科学の鉄人」はどのようにして始まったのか

 子どもの知離れ・理科嫌いが叫ばれる中、民間の教育団体は、学校教育の枠にこだわることなく、幅広く科学教育・普及の振興・発展に寄与してきました。例えば、東京で科学好きな市民が集まって学習会を行っているNPO 法人「ガリレオ工房」(代表:滝川洋二氏)、関西の教員が中心のオンライン自然科学教育ネットワーク(通称ONSEN、代表:山田善春氏)、メーリングリストやウェブによって全国的な活動を展開するサイエンスEネット(代表:川村康文氏)や新理科教育フォーラム(代表:左巻健男氏)、天文教育普及研究会(会長:松村雅文氏)など、実にさまざまな教育団体が活躍しています。これらのグループは地域に根づいた活動やIT を使った全国規模での活動などを展開しています。他にも、仮説実験授業の研究会、科学教育協議会、極地方式研究会などの活動もありますし、ジャパンGEMS センターや日本HOU 協会のように海外の教育手法を日本でも取り入れようと活動している団体などもあります。
 このように、目的をほぼ同じにする多くの団体がありながら、その教育理念や指導方法が異なる団体間で共有されることは、これまでほとんどありませんでした。そこで、これら多くの教育団体に参加を呼びかけ、生涯学習や市民活動においても応用可能な優れた実践事例をお互い披露しあえる場をつくりました。それが「科学の鉄人」です。サイエンスショー(科学実験ショー)の競い合いは、演じる側も観る側もとても刺激的で、すぐれたショーを見ると、科学が文化に育っていくのではないかという実感があります。

「科学の鉄人」がめざすもの

 私たちは、実はこの「科学の鉄人」を単なる科学実験ショーとして開催してきたわけではありません。参加する大人審査員は、2 日間をとおして優れたショーをじっくり味わうとともに、科学実験ショーやトークなど教育実践について深く議論します。そして、ショーの出場者を含む参加者全員で、子どもたちが科学をよりよく理解するための新しい教育手法について考えてきました。こうした活動をとおして、優れた実践のノウハウをお互いに学びあうことができるのです。つまり、このイベントの目的は「科学を文化として捉えられる人々を増やそう」ということに他なりません。
 この「科学の鉄人」を通じて知り合った仲間が、日本各地で科学を文化として身近で感じられる活動・実践を推進して下さっていることでしょう。米村傳次郎氏に続くような実験名人を世に送り出し、一般の人々が科学をもっと楽しいと感じてもらえたらと思っています。「科学の鉄人」のコンセプトは、審査して1 位を決めることが第一義ではありません。優れた実践者の活動を見て、互いに学習することが主たる目的なのです。

「科学の鉄人」のこれから

 夏の風物詩または夏の季語とも呼べる「科学の祭典」が理科教育・科学教育関係者にとっての「夏の陣」ならば、この「科学の鉄人」は「冬の陣」として成長してほしいと願っています。前者は広く科学の大衆性を目指すステージであり、後者は科学の前衛性を追求する道場であるといえるでしょう。両者がさらに発展し融合しあうことで、文化としての科学が日本にも根づいていくと考えています。
ノーベル物理学賞を1965 年に受賞した朝永振一郎博士は、子どもたちに向かって次のようなメッセージを残しています。

「ふしぎだと思うこと、これが科学の芽です。よく観察してたしかめそして考えること、これが科学の茎です。そうして最後になぞがとける、これが科学の花です。」
(京都市青少年科学センターに残した色紙より)

この言葉に、さらに次の言葉をつけ加えて、この稿を終えることにします。

「そうしてまわりの人々が幸せで豊かな気持ちになる、これが科学の果実です。」